『ザ・クラウン』シーズン2 アンソニーとマーガレットの恋・ガーナでのダンス 感想と解説 7話8話

2020年6月6日

ザ・クラウン シーズン 2

今回も引き続き、Netflixイギリス王室ドラマ『ザ・クラウン』シーズン2のエピソード7とエピソード8までの見所やネタバレ感想をお届けします!

また、マーガレットとアンソニーの結婚の裏側やジャッキー・ケネディ大統領夫人は本当にエリザベス女王の悪口を言っていたのか、などについて、詳しくドラマと史実との答え合わせをしながら解説したいと思います!

あらすじ、キャストの詳細については、イギリス王室ドラマ『ザ・クラウン』シーズン2 フィリップが浮気?感想と解説 1話~3話をどうぞ。

写真出典:Netflix

青の部分が史実との答え合わせ、そして感想になります。

7話ー結婚の儀 あらすじ

ザ・クラウン シーズン 2
写真出典:Netflix

タウンゼントから結婚報告の手紙を受け取ったマーガレットは、ショックを受ける。

すでに付き合いのあった写真家アンソニーに結婚のプレッシャーをかけるも、アンソニーは、結婚自体に興味がないとはっきりとマーガレットを拒絶。

アンソニーは、マーガレットに対しとても愛情があるようには思えない様子だが、その後アンソニーはマーガレットに結婚を申し込み快諾するマーガレット。

アンソニーの周辺を調べた皇室秘書たちは、アンソニーが何人かの女性と深い身体の付き合いがあり、そのうちの1人は彼の子を妊娠中らしい、ということをエリザベスに報告した。

マーガレットはタウンゼントの婚約に対抗するためにアンソニーと結婚した?

タウンゼントを見返す意味で結婚に踏み切ったように描かれていましたが、時期的にみてもその可能性が高いとされています。こればかりは、本人のみぞ知る、ですが。

エリザベスがアンドリューを出産してからの1週間後の1960年2月26日、皇室はアンソニーとマーガレットの婚約を発表しました。

民間人とイギリス王族との結婚は、なんと400年ぶりだったそうです。

アンソニーは母親のためにマーガレットと結婚した?

ドラマ内では、母親はアンソニーに対して冷たく、写真家として成功しているにもかかわらず、彼の職業を全く認めていない様子ですが、これはかなり事実に近いようで母親が再婚したころから特に顕著だったようです。

彼は、弁護士・ロナルド・アームストロングージョーンズとアナ・メッソルとの間に出来た第2子ですが、彼が5歳の時に両親は離婚。

その後、両親それぞれ再婚し、新しく家庭を作り始め、彼の母親はアイルランドに引越し伯爵夫人となり二人の息子をもうけたそうです。

アンソニーは、母親家族と同居していたそうですが、明らかに伯爵の息子二人とは区別して扱われ、彼が死亡したときにThe Guardianで掲載された記事によると、愛情に飢えていた子供時代だった、とされています。

その証拠に、アンソニーは16歳のときにウェールズでの休暇中に小児麻痺にかかり、リバプールの病院に転送されますが、入院中の6ヶ月間、父親も母親も一度も見舞いに来なかったそうです。

唯一来たのは、姉のスーザン。ひどいですよね~!感染性の高い病気とは言え、一度も見舞いに来ないなんて・・・

ドラマ内でアンソニーが少し左足を引きずっていましたが、これは小児麻痺の後遺症だったらしいです。

8話ー親愛なるケネディ夫人 あらすじ

ザ・クラウン シーズン 2
写真出典:Netflix

1961年、ジョンF・ケネディと夫人ジャッキー・ケネディをバッキンガム宮殿に招待したエリザベス女王は、同い年のジャッキーと意気投合する。

しかし、翌日ジャッキーがエリザベスやバッキンガム宮殿の悪口を言っていたことを知らされる。

ジャッキーに対しライバル心を燃やしたエリザベスは、コモンウェルス(緩やかな国家連合体)の1つであるガーナへ彼女の存在意義を示すために出発。

コモンウェルスのトップであるエリザベス女王は、ガーナの大統領クワメ・エンクルマがソ連寄りでありことを懸念していた。

翌年、ジャッキーは1人でウィンザー城を訪れ、女王へのコメントを謝罪する。

1963年11月22日、ジョンF・ケネディが暗殺され、エリザベスはウェストミンスター寺院の鐘を鳴らし追悼の意を表した。

ジェッキー・ケネディは本当にエリザベス女王の悪口を言っていたのか?

当時写真家として活躍していたセシル・ビートンによると、実際にジャッキーは、エリザベス女王の批判をしていたそうです。

ビートンはイギリスの新聞デイリー・テレグラフデイリーで、「ジャッキーは、バッキンガム宮殿の家具、そして女王のドレスや髪型を批判していた。」とコメントしています。

確かに当時のジャッキーはシックなスタイルで、女王と面会した際もクチュール・サロン「Chez Ninon」の流行の最先端をいくガウンを着ており、一方で女王は、Aラインのチュールドレスを着てサザエさんのような髪型(笑)でしたので、ついポロッと言ってしまったのかもしれませんね。

女王の髪型とドレスと性格

女王がなぜあの髪型を好んだのかは謎ですが、フィリップも「この髪型はね、便利なんだよ。いざバイクに乗らなきゃいけないときでもヘルメットの代わりになるからね」とよく冗談を言っていたそうです。

女王はなぜガーナ行きを決行したのか?

女王のガーナ行きを政府が反対していたのは事実です。
エンクルマ政権は独裁化の道を辿っており、テロも盛んでした。実際にエリザベスが到着する5日前にガーナの首都アクラにてエンクルマ大統領の銅像が爆弾で破壊されています。

前首相のウィンストン・チャーチルは、当時の首相マックミランに向けて手紙を書いています。「女王がガーナへ行くことで独裁国家を支援しているようにも取られかねず、女王の身の危険を案じている。」と。

理由の1つとしては、1959年に予定されていたガーナ行きをアンドリューを身篭ったため既に1回キャンセルしているから、と言われています。

ガーナはコモンウェルス(緩やかな国家連合体)でしたが、エンクルマ大統領がその状態に満足していないことは明らかでしたので、女王は、再びガーナ行きをキャンセルし余計に怒らせコモンウェルスさえも離脱してしまうという危険性を避けたかったようです。

もう1つの理由としては、やはり大統領クワメ・エンクルマがソ連に興味を示し始めていたからです。

「私がガーナ行きをキャンセルし、その後にソ連のフルシチョフ大統領が盛大な歓迎を受けたら私の立場はなくなる。私は映画スターではない。私はコモンウェルスのリーダーであり、その仕事に伴うリスクは承知の上です。これは熟慮した上での発言。私には3人の子供がいるのですから。」

という発言を女王がしたとされており、女王が身の危険を感じながらも仕事を遂行しようとした決意が伝わってきますね。

ガーナ行きは成功だった?女王とエンクルマ大統領は実際にダンスした?

ドラマ内では、ガーナ行きは成功、として描かれていましたが、実際もそうでした。

ガーナ国民には盛大な歓迎を受け、ディナーパーティで乾杯の際にエンクルマ大統領は、

「アフリカを吹きぬける風は今ではハリケーンのようで、歴史が変わって行く中でどんな台風が来るかは分からないが、私のエリザベス女王への尊敬と愛情の念は今後も影響を受けることはないでしょう。」

というエリザベス女王に対し温かいメッセージを送りました。

また、ドラマ内にあったように大統領とダンスをした、というのも事実です。

女王と植民地から独立したトップが腕を取り合ってダンスをしている様子は、イギリスとガーナの新しい関係を表したものだ、と言われました。

女王は、ジャッキー・ケネディに対抗するためにガーナに行った?

ドラマ内でジャッキーにライバル心を燃やして危険なガーナへ足を踏み入れた、というお話でしたが、これは完全にフィクション・脚色ですね。

ジャッキーは1962年に女王に会いに行った?

1962年5月28日に実際に共にランチをしています。その直後メディアに対して「ノーコメントです。でも、女王に会えたことに感謝していますし、女王はとてもチャーミングでした。」と発言しています。

ケネディ夫妻は薬物使用していたの?

ドラマのプロデューサーのピーター・モーガンによると、ある情報を元に脚色されたものだ、としています。

しかし、実際に2002年11月18日に、ジョンF・ケネディの治療記録が公開され、それによりますと彼は幼少期から様々な病気を抱えていており、大統領になってからも数多くの種類の痛み止めや興奮剤などを処方されていた、という衝撃の内容でした。

「ジョンF・ケネディの治療記録は、エネルギーに満ち溢れた彼からは想像できない、いくつもの病気を抱えていたというのは、驚愕の事実である。」とし、「病気の状態を察するに、たぶん1日たりとも痛みから解放されていた日はなかっただろう。」とボストン大学の歴史学者ロバート・ダレックがABCNEWS’ Good Morning Americaで発言しています。

女王は、ウェストミンスター寺院の鐘を鳴らした?

ロバート・B・センプル著のFour Days in November: The Original Coverage of the John F. Kennedy Assassinationによると、

ケネディ暗殺直後からウェストミンスター寺院の鐘は、女王のリクエストにより追悼の意を表すために午前11時から12時まで毎分鳴らされたそうです。

『ザ・クラウン』シーズン2は、Netflixでご覧になれます。

参考:Vanityfair/ Newsweek/ Biography