映画『ある画家の数奇な運命』あらすじ、結末ネタバレ感想 モデルのゲルハルト・リヒターが映画を観ていない理由

2021年9月1日

映画『ある画家の数奇な運命』

映画『ある画家の数奇な運命』は、なんと!3時間9分という長時間フィルムで正直躊躇してしまいましたが、あの名作、映画『善き人のためのソナタ』の監督ということで観る事にしました。

結果、観て良かった~!映像の美しさはもちろん、最初からお話の中に吸い込まれるようであっという間の3時間9分で、観終わってからはしばらく興奮して夜は寝付けませんでした。

ここでは、映画『ある画家の数奇な運命』あらすじ、結末も含めたネタバレ感想、そして映画に基づくトリビア情報もお届けします。

写真引用:映画『ある画家の数奇な運命』公式サイト

映画『ある画家の数奇な運命』作品情報

原題:Werk ohne Autor

公開年:2018年

監督・脚本:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク

出演:トム・シリング、セバスチャン・コッホ、パウラ・ベーア、サスキア・ローゼンタール

上映時間:189分

配給:キノフィルムズ

映倫区分:R15+

映画『ある画家の数奇な運命』あらすじ

ナチが台頭するドイツ。少年クルトは美人な叔母エリザベスの影響で絵画に親しんでいた。しかし、ある日、叔母は統合失調症と診断、強制入院させられ、その後ナチの過激な優勢政策の1つ安楽死プログラムによって殺されてしまう。

終戦後、東ドイツの美術学校に進んだクルトは服飾学科のエリーと恋に落ちる。元ナチ高官で産婦人科医であるエリーの父親こそが叔母の命を奪った人物だとは知らずに・・・

映画『ある画家の数奇な運命』ネタバレ感想

特にこの映画に対する予備知識もなく、ただ映画『善き人のためのソナタ』の監督の作品、というだけで惹かれて観始め(ちなみに映画『善き人のためのソナタ』めちゃくちゃオススメです!)すぐに「あ~、映画の中にタイムスリップしたような気分久しぶり~」と感じたのです。

映像の美しさはもちろん、クルトの叔母役のザスキア・ローゼンダールもため息がでるような美しさ。(ミント色のドレスがとっても可愛い!)
舞台は1938年のナチが台頭し始めたドイツで、緊迫感の中にもまだまだゆったりとした雰囲気が流れる時代から始まります。

その美しい叔母がヒトラーに花束を渡してから精神的バランスを崩したのか、ヌードでピアノを弾きその後自傷行為をしたことから、統合失調症と診断され強制入院させられたのですが、ドイツ政府はその頃「障害者安楽死政策」をしておりクルトの叔母が犠牲者となる様子が描かれます。

ここの描写はもう涙なくしては観られず、思わず目を背けてしまいました。

映画というのはもちろん情緒を豊かにしてくれるものですが、同時にいろいろな学びを与えてくれるものでもあります。

正直なところ、ドイツ政府が安楽死政策をしていたのはユダヤ人に対してだけという認識しかありませんでした。なので、優秀な種だけを生かして障害者たちを惨殺するというのは本当にショックでしたね・・・

こういう志向は本当に危険。改めてこうやって映画を通して語り継がれることで1人でも私のように無知な人間を減らして、2度とこれと同じようなことを起こしてはいけないのだと思います。

クルトとエリーのラブストーリー

大人になったクルトは叔母と同じ名前エリザベス(エリー)と恋に落ちます。

ここら辺のラブストーリーはとっても良かったです。

クルトがエリーの両親に見つからないようにエリーの部屋の窓から木に素っ裸で飛び移り、結局母親にバレているところなどは、ユーモアもあって軽いタッチで描かれるところから始まりますが、映画を通しての二人の愛は終始、お互いを必要とし助け合い、とても情熱的な関係でうっとりしてしまいます。

行為の場面はとっても綺麗に描写されてましたが、とにかくクルトとエリーの裸のシーンが多いです。(^^;;
ちょっとしつこかったかなぁ、と思いましたが、私の友人のドイツ人女性はふつ~うに自分の庭のデッキで(別に田舎でもなく住宅街に住んでます)ヌードで日向ぼっこしてますから、ドイツ人にしてみたら普通なのかも?!

西ドイツへ亡命

クルトとエリーは、ベルリンの壁が出来る直前に西へ渡る決断をしますが、正解でしたね~。

渡る様子の緊迫感は観ていてハラハラしましたが、エリーが「こんなに簡単に出れていいの?」というような事を言いますが、ホント、壁が出来る前は比較的簡単に東から西へ渡れたのですね。壁が出来てからは皆さんご存知の通り、壁を越えようとした多くの人が東ドイツによって射殺されてます。

エリーの父親

エリーもクルトもエリーの父親がナチの高官だった事実は知っていても、クルトの叔母エリザベスを殺した張本人だということは知りません。

本人は終戦後たまたまロシアの重要人物の妻の出産を助けたことで彼の保護下に置かれたからのうのうと生き延びているわけなのに、その運に感謝するでもなく相変わらず「優等政策」的な考えを持っており、自殺した父親を持つ息子と娘を付き合わせるわけにいかない、と邪魔をします。

その邪魔の仕方が極悪人も真っ青の、なんと!自分の娘の赤ん坊を堕胎するんですよ!クルトとの子供だからって!この父親の驕り高ぶった悪人ぶりにほんと、反吐が出そうでした。

ゲルハルト・リヒターがモデルに

この映画は、ドイツ現代美術の巨匠ゲルハルト・リヒターがモデルということですが、お恥ずかしながら名前を知りませんでした・・・

なっなんと彼の絵画は一枚平気で10億20億はいくらしく、まだ存命されている画家でこれだけの高額をつける人は稀らしいです。

これはちょっとトリビア情報なのですが、リヒターはこの映画を観ていないそう。(予告だけ見たらしい)

”人物の名前は変えて、何が事実か事実でないかは絶対に明かさない”という条件のもとだったそうですが、「映画の内容がリヒターをすぐに連想させるものでそれに同意した覚えはない」と怒っているようです。*1

一方、監督は「脚本はリヒターに一語一語音読し(二人の証人もいる)、リヒターは数箇所の訂正を求めてきただけだ」*1と発言しており、このリヒターの映画に対する批判は監督にとって青天の霹靂だった模様。

うーん、どちらが正しいことを言っているのかは分かりませんが、リヒターにとっては観るのが辛すぎたのでは?だから言い訳をつけているだけのかも?と思ってしまうのは私だけでしょうか?

真実から目を背けるな


どちらにしても、映画の中のクルトの絵画は素晴らしい!リヒターの弟子が描いたらしい*1ですが、リヒターの実物にかなり近いです。

映画の中で、クルトの教授のフェルテンが一度も人前で取ったことのない帽子を取って、戦争で負った頭部の火傷をお辞儀をしながらクルトに見せたことで、クルトは自分の真実と向き合うようになります。

安楽死政策の責任者が逮捕された、という真実。
大好きな叔母が殺された、という真実。
自分を抑圧する人物が義理の父、と言う真実。

これらを通して感じた憎しみ、愛情、哀しみ、苦悩などの感情が絵画への情熱へと変わっていく様子は、観ていて自分のことのように気持ちが晴れていくようでした。

映画『ある画家の数奇な運命』結末

映画の最後は、真実から目を背けないことで美と向き合うことになり、彼の芸術の根幹が確立され、亡き叔母の思い出に浸るクルトが幸せそうで、とっても良かったです。

そして、クルトは義理の父の罪をはっきりと認識することはなく映画は終わるわけです。義理の父は、自分が殺すように命令したクルトの叔母の絵と逮捕された安楽死政策のトップの絵を見て驚愕の表情を浮かべうろたえるのですが。あのセバスチャン・コッホの演技は最高でした。

しかし、クルトは潜在意識の中では分かっていたのでしょう。3つの絵をコラージュさせたことで、彼の中で長年つもり積もった憎しみや苦しみが昇華され美しい絵画となったのです。

なので、結末はハッピーエンドです。

映画『ある画家の数奇な運命』原題

映画の英語題は「Never look away」。原題はドイツ語で”Werk ohne Autor”で意味は「作家の人生とは無関係」というらしく、実際にリヒターが作品の対象人物と自分をいつも無関係としたところからきているようです。*2

私は、映画の内容とぴったりくるのは邦題でもドイツ語の原題でもなく、クルトの叔母エリザベスが強制入院させられる際にクルトに放った言葉「真実から目をそらさない」=Never look awayだと思いますね。

皆さんはどう思いますか?

映画『ある画家の数奇な運命』は、2020年10月2日から全国映画館で絶賛公開中です!

 

参考:

*1 https://news.artnet.com/art-world/gerhard-richter-disavows-new-movie-1440160

*2 https://en.wikipedia.org/wiki/Never_Look_Away