映画『マチネの終わりに』あらすじ、結末のネタバレ感想 キャストの英語力が・・・

映画『マチネの終わりに』

累計58万部超のロングベストセラーとなっている芥川賞作家・平野啓一郎の小説「マチネの終わりに」の英訳本が先日出版されたというニュースを読んで、以前からぜひぜひ観たいと思っていた福山雅治と石田ゆり子共演の同名映画をやっと視聴しました!

しかし、う~ん・・・これは、キャスティングミスとしかいいようがないような残念な結果に。

ここでは、映画『マチネの終わりに』あらすじ、キャストの紹介、ネタバレ感想、そして、キャストの英語力などにもふれて解説します!

映画『マチネの終わりに』作品情報

公開年:2019年

原作:「マチネの終わりに」 著:平野啓一郎

監督:西谷弘

脚本:井上由美子

出演:福山雅治、石田ゆり子、伊勢谷友介、桜井ユキ

上映時間:124分

配信元:東宝

映倫区分:G

映画『マチネの終わりに』キャスト

福山雅治(役名:蒔野聡史)・・・クラシック・ギタリスト

石田ゆり子(役名:小峰洋子)・・・フランス在住のRFP通信のジャーナリスト。父親はフランスの有名映画監督。

伊勢谷友介(役名:リチャード新藤)・・・小峰洋子のフィアンセ

桜井ユキ(役名:三谷早苗)・・・蒔野のマネージャー

映画『マチネの終わりに』あらすじ

天才クラシックギタリストの蒔野聡史は、パリの通信社に勤務するジャーナリスト・小峰洋子と知人の紹介で出会う。

一目ぼれし、打ち解けあった二人。

パリでのテロに遭遇し同僚を目の前で亡くし心に深い傷を負った洋子は、蒔野と会話をすることで癒されている自分に気づく。

洋子には婚約者がいることを知りながらも、洋子への愛を告げる蒔野。しかし、蒔野と洋子の間に立ち塞がる存在が二人をすれ違い誤解させ、別々の道を歩むことに・・・二人が出会うことはもう二度とないのだろうか。

映画『マチネの終わりに』ネタバレ感想

本作品の原作者・平野啓一郎氏の作品は読んだことがないのですが「失楽園」や「愛の流刑地」などで知られる作家渡辺淳一の名がつく文学賞を受賞した作品ということで”久々に大人のための恋愛映画が見れる!”ととっても楽しみに視聴しました。

映画は6年前という設定でクラシックギターが流れる、耳に心地よい雰囲気から始まります。

福山演じる蒔野がコンサート会場でクラシックギターを演奏しているのですが、まさに私がイメージした通りの「蒔野」でした。

蒔野がスランプに陥りはじめたのと同時にパリではテロが多発し始め洋子もジャーナリストとして事件を追っていたところ、洋子が勤めているRFPもテロの標的となり同僚が目の前で亡くなります。

お互い連絡を取り合ってはいた蒔野と洋子ですが、そのことをきっかけに二人は自分にとって大切な人とは誰なのか、という事に気づき始めるのです。

その後、洋子には婚約者がいるにも関わらず、蒔野は洋子に結婚を申し込みます。そして、悩んだ末に蒔野の申し出を受け入れ婚約を破棄します。

日本に帰国し蒔野と過ごすのを楽しみにしていた洋子ですが、蒔野の師匠が倒れたことで蒔野が待ち合わせの場所に行くことが出来ず、その上に彼は携帯をタクシーの中に落としてしまう。

なんとか連絡を取ろうとするものの、蒔野に恋するマネージャー三谷早苗がニセの別れのメッセージを洋子に送ったことで、二人の間に誤解が生まれます。

洋子はただただ蒔野の心変わりにショックを受け、蒔野は師匠が倒れて大変な時に洋子が理解を示してくれなかった、ということに不快感を覚え、二人はそのままに。

説得力にかける「すれ違い」

早苗の陰謀によって誤解が生まれて、二人は別れることになってしまったわけですが、ちょっと待てよ、と。

本当に好きあっていたのだったら、何とかしてでも洋子と蒔野は会って話しをしようとしただろうと思います。

会って話していたら全てが解決していた問題だったのに。

確かに、あの時点で二人は「付き合っていた」と言える様なはっきりとした男女の関係ではなかったと感じましたが、それでも、遠距離であれだけ心が通い合っていた相手とあんな曖昧な終わり方って、友達同士であったとしてもないと思います。

スマホが普及してしまった現代で「すれ違い」をなんとかして創り出そうとした結果、説得力にかける「すれ違い」になってしまった感があります。

未来が過去を変える

テーマはとっても良かったと思います。

「未来が過去を変えてる、変わってしまう」「過去は繊細で感じやすい」

蒔野と洋子の会話の中で蒔野が言った言葉です。

「生き残ったものたちは今日の悲劇を変える未来を作らなければいけない。」

これは、洋子がテロに遭遇した際に言った言葉。

アラフォー世代になると、過去を振り返る機会も多くなり後悔することも多くなるわけですが、未来が過去を変える、ってことは十分ありえるわけです。

もう絶対に時計の針は取り戻せないというような辛い出来事でも、自分が将来をどう生きたかによって過去に対する印象は変わってくる。

また、今の自分が過去を振り返った際に、過去に対してどのような気持ちを抱くか、それによって過去はいとも簡単に変わってしまう・・・過去は繊細。

中高年世代だからこそ共感できるテーマだと思います。

ミスキャスティング 石田ゆり子の英語力が

こういう原作本がある映画の場合、観る方にもある程度の役に対するイメージが出来上がっていたりするので、演じる俳優さんもそういう重責を背負って演じなければならず本当に大変だと思います。

私はこのブログでも何度と無く言っていますが、石田ゆり子さんの大ファン。彼女のあのフアッとした不思議な感じが魅力的であると同時に外見とは違う芯が一本通った感じの自分と言うものをしっかり持った人という印象があります。

なので、洋子にぴったりかも!と思ったのですが・・・

なぜに、石田ゆり子さんに英語を喋らせたのか。

バイリンガルでもない役者さんがバイリンガルの設定で英語を喋るとたいがい失敗します。どうしても「英語を読んでいる」になってしまい、吉田羊さんのようにある程度演技力がある人でないと、英語に演技が引っ張られてしまい、最悪な結果となります。

今回もそのケース。

洋子の設定が英語話せないけど話そうとしてる人だったら分かりますけど、バイリンガルの設定であれはない・・・観ていて石田さんが可哀想になってしまい映画の世界にどっぷり浸ることが出来ませんでした。英語を話すシーンを極力減らすべきでしたよ。

洋子の夫役の伊勢谷友介は現地二世という設定なのか日本語は一切話さず英語のみを話すので、必然的に洋子役の石田ゆり子さんも英語で話すことに。

伊勢谷友介はバイリンガルということで、確かに彼の発音は良かったですが、彼の演技が大げさ過ぎて・・・これは監督の責任でしょう。

確かに夫は自信満々のやり手ビジネスマンという設定でそれを表現したかったのかもしれませんが、英語が分かる人からするとあそこまで大げさに話すやついるか?と思ってしまいます。

まとめ

洋子と蒔野のすれ違いは100歩譲ってありえるとしても、石田ゆり子さんと伊勢谷友介さんの英語での台詞が全てを台無しにしてしまった感はぬぐえません。

と同時に、映画って物語、脚本、演出、演者の全てが揃ってないと観る方は楽しめないのだ、ということを改めて痛感させられた作品でした。

しかし、未来が過去を変えられるというテーマ、クラシックギターの音色、洋子が蒔野と食事をする際の洋服なども素敵でしたし、そして、桜井ユキ演じるマネージャーがエグイほど悪人でそこもある意味楽しめるのでとりあえず良しとしましょうか。

映画『マチネの終わりに』はWOWOWで2021年6月5日(土)に配信予定。

Amazonプライムにてもご覧になれます。2021年5月4日現在。

または、DVDも発売中。

原作本はこちら。