映画『ハリエット』日本公開!映画から学ぶハリエット・タブマンとは

2020年6月16日

ハリエット・タブマン

映画『ハリエット』は、黒人奴隷解放家、ハリエット・タブマンの偉業を描いた作品で、ケイシー・レモンズ監督、グレゴリー・アレン・ハワード脚本による史実に基づいたフィクション映画です。

ここでは、映画『ハリエット』日本公開を機に、映画のどのキャラクターが実在した人物なのか?地下鉄道って何?ハリエット・タブマンは神の声を聴いた?など、史実と映画の答えあわせをしながら解説したいと思います。

注:映画のネタバレ含みます。

写真出典:HARRIET TUBMAN, FULL-LENGTH PORTRAIT Library of Congress

ハリエット・タブマン自由への一歩

映画の冒頭で、ミンティ(後にハリエット)と夫のジョンが弁護士を雇い、奴隷主のエドワード・ブローダスの曾祖母による遺言状を調査してもらった、という場面があります。

その遺言状とは、ミンティの母親が45歳になった時点で母親と子供たち全員が自由の身になれる、ということが記されていたのですが、奴隷主はその遺言状を無視し、自由黒人のジョンとミンティを会うことをも禁じた、と映画の中では表現されていました。

映画『ハリエット』の歴史監督をしたケイト・ラーソンによると、遺言状が存在したのは事実、ということですが、その内容は、ミンティの母親が45歳になった時に子供も自由になれる、という内容ではなく、子供たちは彼らが45歳になった時に自由になれる、と明記されていたとしています。

ハリエットへの名前の改定は自由になった証だった?

レスリー・オドム・Jr.演じるウィリアム・スティルが「自由になった証に新しい名前を」というシーンがありますが、実際は、自由黒人のジョン・タブマンと結婚したときにミンティという名前からハリエットという名前に変更しています。

奴隷主は名前改定後もミンティと呼び続け、ミンティと兄弟が脱出した後の1849年10月3日に奴隷主の未亡人、エリザ・ブローダスが出した広告でもミンティという名前で書かれています。

下記は、エリザ・ブローダスによる賞金広告でミンティと兄弟ハリーとベンそれぞれに100ドルの賞金が懸けられているという内容です。

奴隷主による賞金広告

しかし、あの演出はあれで良かったかもしれませんね。名前の変更=新しい人生の第一歩という感じがしました。

ハリエットは「神の声」を聴けた?

何度となく映画の中で、ハリエットや彼女の愛する人々が危険な目に会うかもしれないような時に、ハリエットが神の声を聴き、その後に意識を失う、というシーンがありましたが、ハリエット自身は、このことを「神の声」としていたそうです。

その証拠に、下記のようなエピソードがあります。

ハリエット・タブマンは同じ奴隷解放運動家のジョン・ブラウンととても親しく、後のハーパーズ・フェリー騒動を前に、ジョンがハリエットにもそこへ来て欲しい、と訴えたので、奴隷解放に行く予定でした。

しかし、出発日の朝に「ジョンが首を落とされる」というビジョンを見て、ハーパーズ・フェリーに行くのを止めた。という記録があったとしています。

引用:監督・ケイシー・レモンズ

結果は、歴史が語るとおり、1859年12月2日にジョンは反逆罪としてギロチン刑にあっていますので、この記録が正しいとすれば、ハリエットは未来を見ることが出来た、鋭い直観力があった、と言えそうです。

ただし、記述が残っているわけではありませんので、言い伝えの域を出ません。

しかし、映画の中で、ハリエットがウィリアム・スティルに初めて会ったときにビジョンのことを語り、スティルが「脳ダメージの可能性」とノートに記述しているシーンがありますが、ハリエットを実際にインタビューし2冊ハリエットの本を出版している19世紀の作家、サラ・ブラッドフォードによると、ハリエットは脳挫傷により度々極度の睡眠に襲われていた、としています。

また、最近の歴史家によると、ハリエットは、ナルコレプシー(過眠症)とてんかんを持ち合わせていたのでは、としています。

ギデオン・ブローダスは実在する人物?

奴隷主のエドワード・ブローダスとその妻エリザ・ブローダスは実在する人物で、実際にミンティ(ハリエット)の奴隷主でした。

そして、息子が居たのも事実ですが、名前はジョナサンです。
彼についての記録は殆ど見つかっておりませんので、ギデオン・ブローダスの人物像などに関しては全て映画のために脚色されたものでしょう。

奴隷解放の組織集団「地下鉄道」って何?

Underground Railroad=地下鉄道は、19世紀にアメリカの黒人奴隷解放活動家たちによって組織された集団で、奴隷制があった南部からフィラデルフィア州やカナダに向けての亡命を手助けまた、亡命後のセーフハウスとされる隠れ家の提供も行いました。

その方法は、名前の通りに鉄道またはボートを利用することもあったが、殆どは徒歩や馬車などで移動した。追っ手に見つからないように川を渡ったり、うねりくねった経路を選択したとされており、通常1名から3名の少数で脱出を試みました。

黒人だけでなく、奴隷解放を信じていて手助けした白人たちも「地下鉄道」とされていました

ウィリアム・スティルは実在する人物?

映画の中ではハリエットがフィラデルフィアで初めて会う地下鉄道組織のひとりがウィリアム・スティルです。

スティルは、ハリエットに住処を提供し後に一緒に地下鉄道の一員としてハリエットを迎え入れますが、実際にスティルがフィラデルフィアに着いた時にハリエットを迎えたかどうかは定かではありませんが、スティルは、実在する人物です。

また、スティルが亡命してきた奴隷たちの記録を詳細にとっていたのは事実で、後にその記録をもとに「The Underground Railroad Records」という本を出版していますので、彼がハリエットの到着時に会った可能性は無きにしも非ずです。

しかし、彼の記録は、南北戦争が始まる前に黒人奴隷亡命者が起訴される際の証拠にならないようにと、多くのメモが彼の手によって処分されています。

処分を免れた数少ない記録によると、ハリエットとスティルは、確かに共に奴隷解放活動を一緒にしていた、としています。

スティルは、フィラデルフィア州で最も成功したビジネスマンとして有名なだけではなく、地下鉄道組織家としても一番忙しく飛び回り何百人という奴隷解放をした人物としても有名な人物です。

ジャネール・モネイ演じる黒人女性下宿の宿主マリー・ブキャナンは実在する人物?

マリー・ブキャナンは、監督によると映画のために作られたキャラクターということです。しかし、ブキャナンのような人物がきっと存在した可能性は大ですよね。

自由黒人が奴隷黒人を捕らえようとした?

映画の中では、奴隷主の息子ギデオン・ブローダスが黒人ビッガー・ロングを雇いハリエットたちを追跡させるという場面がありましたが、ハリエットの奴隷主(実際する人物)の未亡人、エリザ・ボローダスが黒人を雇ったという記録はありません。

しかし、アラバマ大学のジョシュア・ロスマンによると、実際にその頃「黒人奴隷捕獲を専門とする」自由黒人組織が存在したのは事実だそうです。

自由黒人たちは奴隷黒人たちにとって白人よりも信頼されやすいの、亡命途中の黒人たちを騙して捕獲していたそうです。また、多くのお金に困った自由黒人たちは、賞金目当てで黒人奴隷の捕獲を個人でしていた、とのことです。

逃亡奴隷法

映画の中では、ハリエットが身内を救出し、その後、地下鉄道組織のメンバーとして奴隷解放活動をして数年後に逃亡奴隷法が施行されたように描かれたいましたが、実際は逃亡奴隷法は、1849年にハリエットがフィラデルフィアに到達した数ヵ月後の1850年に施行されました。

なので、逃亡奴隷法が施行されてからは、奴隷主たちが堂々と奴隷たちを取り戻そうとすることが出来た中で、ハリエットは家族たちの亡命の手助けに行き、その後も奴隷解放活動をしていたことになりますので、いかに、その状況が危険であったかが想像出来ますね。

コンバイー川戦争にハリエットが参加したのは事実?

コンバイー川戦争

出典:Raid of Second South Carolina Volunteers, Harper’s Weekly, July 4, 1863, p. 429

南北戦争が始まって2年、コンバイー川で黒人部隊を率いて黒人奴隷を救出する場面がありましたが、殆どの歴史家は、ハリエットが北軍の英雄だったとする一方、シラキュース大学の歴史学者ミルトン・サーネットは下記のように研究結果を発表しています。

“While she was certainly a nurse, spy, and scout for the Union Army, I think the claims that she was the first female general and commanded a raid are wishful thinking,” says Sernett.

訳:「ハリエットが、北軍の部隊に所属して看護師として働き、スパイ活動や部隊員の招聘活動を行っていたのは事実であるが、映画の中のように司令塔として活躍した、というの確固たる証拠がない。」

引用:シラキュース大学マックスウェル研究室

確かにハリエットの軍部隊のランクは、司令塔とは程遠いものだったかもしれませんが、女性の身で奴隷解放戦争に参加した、というのは事実に違いありません。

映画『ハリエット』は、2020年6月5日(金)から全国ロードショー。

参考:Blackpast, Slate, Harriet Tubman Biography, PBS