『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』感想、あらすじ、トリビア情報

2019年6月6日

『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』は、カーネギーホールのアーカイブリクエストNo.1の伝説の歌姫マダム・フローレンスとその夫の実話に基づいたお話。

で、何がこの映画を面白くさせているか?というと、なんと、カーネギーホールでコンサートまでおこなったこの歌姫、実は「絶世のオンチ」で、気付いていないのは自分だけだった、というので興味がふつふつと沸いてきます。

ここでは、映画の感想、あらすじ、マダム・フローレンスの人生と夫の関係、そして映画のトリビア情報についてもご紹介します。

『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』作品情報

原題:Florence Foster Jenkins

公開年:2016年

監督:スティーヴン・フリアーズ

出演:メリル・ストリープ、ヒュー・グラント、サイモン・ヘルバーク、レベッカ・ファーガソン、ニナ・アリアンダ

上映時間:111分

映倫区分:G

珍しく邦題が原題を上回ったと思いました。でも、フローレンス・フォスター・ジェンキンス という名前は欧米では認知度が高いのかな?どちらにしろ、「夢見るふたり」という邦題のサブタイトルは、映画の内容にぴったりです。

第74回ゴールデングローブ賞 では、作品賞、主演男優賞 (ヒュー・グラント)、主演女優賞 (メリル・ストリープ)がノミネートされ、英国映画賞 では、ヒュー・グラント主演男優賞を受賞しました。

『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』あらすじ

社交界のトップ、フローレンス・フォスター・ジェンキンスは、歌うことが大好き。自分自身を「絶世の歌姫」だと思い込んでいるが、実は「絶世のオンチ」。社交界のトップであるが故にか、取り巻き達は口が滑ってもそのことを口にしない。また、夫のシンクレアは、愛して止まない妻に夢を見せ続ける為に、ミニコンサートを開いたり、音楽批評家を買収したり・・・と奔走する。

しかし、ある日フローレンスが、「私、カーネギーホール*で歌う時がきたような気がするの」と言い出して・・・。

*カーネギーホールは、音楽家であれば誰もが一度は舞台に立ってみたいと夢見る有名な殿堂ホール

©2016年ギャガ公式チャンネル

『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』感想(少しネタばれ)

実は、私2回観ました。めちゃくちゃ感動しました!

私自身が実話に基づいたストーリーが好きなのもありますが、マダム・フローレンスに勇気をもらいました。笑えたし、泣けたし、映画を観た後も気分スッキリ!前向きな気分になれる映画です。

ここからは、少しネタばれですが、実話に基づいたお話なので、いいかな?

マダム・フローレンスは、実際に1944年NYのカーネギーホールでコンサートをしたのですが、チケットは即完売し、ホールの外には入りきれない聴衆たちが押し寄せ、今でも伝説として語り継がれる公演となったのです。

で、一番のみどころは、やはり夫のシンクレアがフローレンスに彼女がオンチ、ということを気付かれないように色々な策を練り、音楽批評家を買収したり、悪い批評が載った新聞を買い占めたりする姿をヒュー・グラントがコミカルに演じているところです。

歳を重ねても、ラブコメやらせたらNo.1のヒュー・グラント。そして、彼のすごいところは、面白いんだけど、セクシーさもまだ兼ね備えていて、フローレンスを愛する姿にキュンとしていまいました。

そして、この夫婦関係、やっぱりというか結構複雑なんですよね。夫のシンクレアには、愛人がいてフローレンスもそれに気付いている。でも、お互い絶対に何も言わない。これは映画を観ないと分からないニュアンスですが、ベタな言い方をすれば、そこには夫婦愛だけでない愛があったのかな・・・

また、ストーリーにスパイスを加えているのが、サイモン・ヘルバークが演じてる、シンクレアがフローレンスの為に雇ったおかかえピアニスト、コズメ・マクムーン 。彼ももちろん実在する人物です。

この心優しいピアニストの協力なくしては、フローレンスのカーネギーホールでのコンサートは実現しなかったわけで。コズメとマダム・フローレンスの友情もとても綺麗に描かれています。

何しろ、登場人物がみんな愛しいキャラクターなんですよね。そんなところも観ていて安心感もあります。

フローレンス・フォスター・ジェンキンスは実在した人物

1868年、フローレンス・フォスター・ジェンキンスは、裕福な銀行家・弁護士チャールズ・フォスターのペンシルバニアの家に生まれる。

フローレンスによると、7歳の頃から人前でパフォーマンスをするのがたまらなく好きだったそうで、ピアノの才能があったフローレンスは大統領の前でピアノを演奏したことも。

高校卒業後、ヨーロッパで音楽を勉強することを希望したが、父親がそれを許さず、反抗するような形で当時付き合っていたフランク・ジェンキンスと1885年に結婚。

この時に結婚した夫からフローレンスは梅毒をうつされ、この病気に生涯苦しむことになり、これが離婚の原因となるが、フローレンスはジェンキンス姓を生涯使い続けた。

腕の怪我によりピアニストとしての夢は断たれ、ピアノ教師として生計を立て1900年頃にニューヨークに移り、1909年に事実上の夫となるシンクレア・ベイフィールドに出会う。

父親の死後に莫大な財産を相続し、シンクレアをマネージャーとして歌手としての活動を始め、ニューヨークの社交界へのデビューも果たし、数々の社交クラブに顔を出すようになる。

自分で音楽クラブを結成しクラブのリーダーになり様々な演奏会を企画開催しつつ、奇抜で派手な衣装を彼女がデザインし自分自身もその衣装を着て出演するようになる。

そして、後に1944年NYのカーネギーホールでコンサートをするまでに・・・


で、ここまで読むと、実際のフローレンスのオンチぶりがどれだけひどかったか気になりますよね。下記の動画が彼女の肉声です。

1944年

まずいです・・・かなりのオンチです・・・

では、なぜチケットが完売、だれもが彼女のコンサートに行きたがったのでしょうか??

それは、やはり最高のエンターテイメントだったからでしょう。

奇抜できらびやかな衣装を身につけ、お金をふんだんにかけた舞台上で、笑われても野次が飛んでも堂々と歌うフローレンス。

そんなフローレンスに戦争ですっかり笑顔を忘れてしまった兵隊たちは癒され、元気付けられたのです。

それは、この映画を観ていた私も同じでした。
ちょっと疲れてたんですよね・・・なかなか頑張っても結果出ない。この仕事を続けててもいいのか??

そんな時に、この映画を観て、フローレンスがとにかく無我夢中で自分のやりたいことをやり遂げていく姿に勇気をもらいました。

お金があったから出来たんでしょ。という意見があることも確か。

でも、金銭的には恵まれていたかもしれませんが、病気に日々苦しみ、夫と自分は男女の関係ではない、そして最後には自分が人々から嘲笑されていたことに気づいてしまうのです。

人生って何だろう・・・と考えた時に、自分の人生は他人のものではなくて、自分のものだ、ということ。この当たり前のようなことが、人間はなかなか出来ないものです。つい、他人の意見に振り回され、他人の意見を尊重して行動してしまう。

確かにフローレンスは、ひどいオンチでしたが、自分のお金でコンサートを企画して歌って、何が悪い!って感じですよね。

やりたかったら、他人に迷惑をかけない限り、どんどんやってみるべきなのかもしれません。やったもの勝ちです!カーネギーホールで歌った時の感動は絶対に何事にも代えがたい経験だったでしょう。

この映画は、キャストの演技が素晴らしいのはもちろん、実在した人物、マダム・フローレンスから涙と勇気と感動をもらえること間違いなしです。

『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』トリビア情報

  • 実際、なぜマダム・フローレンスがあそこまでオンチだったかというと、一説では当時、梅毒の治療薬として投与されていた水銀により脳の中枢神経がダメージを受けていた為ではないか、と言われています。1940年代に入り抗生物質が出回るようになった頃は時にすでに遅しで、フローレンスの梅毒はすでに悪化しており、まったく抗生物質が効かなかった、という話です。
  • フローレンスがなぜ頭髪がなかったのかという点も、水銀が原因と言われています。
  • カーナギーホールでのコンサート5日後にフローレンスは心臓発作を起こし、その1ヵ月後に亡くなります。周りの人々は、コンサートの悪評を読んだショックのあまり心臓発作をおこしたのでは、と言っていたそうです。
  • ピアニスト、コズメは、フローレンスの死後は音楽家としてはパッとせず、その後はボディビルダーとして活躍し、また数学の才能があったことからチェスの名プレーヤーとしても知られるようになりました。